軍靴を鳴らし、白い軍服が規律正しく静止する。どの顔も若い。そして口元は緊張にこわばり、額は汗をにじませていた。はるか頭上から見下ろす司令部はホワイトカラーの巣穴。細長いガラス窓が怜悧な光を浮かべ、物陰から彼らを一瞥した。それは地面に描かれた幾何学模様に過ぎず、何ら人間らしい感情を呼び起こすようなものではなかった。未だうずく傷の痛みに腕を震えさせながら、なんとか敬礼の姿勢を守り続けるギル・ギルダーの姿もまた、そうしたぼんやりとした景色の一部でしかない。 ジャブロー。南米ジャングルの地下に設置された地球連邦軍最大の拠点である。 栄転と言って良い。ジャブロー付けの士官となればエリート中のエリートである。まず、将来の幹部候補生といって間違いない。エリート街道を目指して苦労を重ねたきただけの価値はあった…と、普段のギルダーならば、あるいは、そう思ったかもしれない。が、彼を含めて、ここに集まった若い士官たちの顔にそうした恍惚感はかけらもない。ただ重い。ジャブローの土壌が地下要塞を越えて肩の上に覆いかぶさってきたような、そんな表情を浮かべていた。唇が、ゆがむ。汗が顎をつたって落ちた。 その理由が今、士官たちの目の前にある。整列していた。彼ら自身と同じように、白い身体を一糸乱さず並べ、直立不動で立っていた。ただし、一つだけ違いがある。士官たちは胸をそらして、天を仰ぐようにしてその群れを見上げなければならなかった。巨体である。全長約18メートル。ギルダーが知っているよりやや細身だった。無表情なカメラ・アイが虚空を映す。 モビルスーツ・GM。 巨人の群れが若き士官たちと相対している。ジャブローの広大な地下要塞が、今だけは窮屈に見えた。 『モビルスーツ……』 ギルダーは、思う。 一年戦争の開始から今日に至るまで、モビルスーツという言葉の持つ意味合いはさまざまに変化した。 当初は、単眼の怪物……『サイクロプス』と呼ばれた。文明の埒外の存在として恐怖と混乱を持ち込んだ。 次に、巨大ロボットとして認識される。途端にジャブローは失笑した。所詮人型の兵器などは空想の産物であり、玩具である。そういう常識が、対応を一歩遅らせた。この巨大な『玩具』は次々に『現実的な』宇宙艦隊を破壊し、基地を制圧し、大地を奪い取った。 それから長い間、モビルスーツは連邦にとって最大の敵でありつづけた。ギルダーに至っては、あの初陣の記憶が生々しく脳裏に刻み込まれている。今でも、目を閉じればザクの手に握りつぶされる自分をはっきりと思い出せるのだ。 GMを見上げる。 モビルスーツ。 ついに連邦は自らの手で、かつて玩具と呼び、あるいは魑魅魍魎と呼んだ蹂躙者、モビルスーツを生産するに至った。性能はザクの比ではないという売り文句のおまけつきだ。少数の部隊は既に実践に投入されているという。 今、士官一人ひとりの手に操縦マニュアルが手渡された。 モビルスーツのパイロット。 それが彼らに与えられた任務である。 ビーム・スプレイ・ガンの威力は戦艦の主砲に匹敵するという。と、なればその管制塔となるパイロットは艦長並みか。ギルダーは目だけを動かして周囲を見る。若いが、どの顔もエリートらしい、神経質さと自信の同居した顔つきに見える。 「貴様らは、選ばれたスタッフだと思え」 つまりは、そういうことだ。序列主義と慣習重視の塊のような司令部が若者たちを眺めている。形式としてだけでも、階級の高い人間にもビスルーツを扱わせたい。まして若ければ対応は早い……。それが抜擢の理由である。 汗が浮かぶ。とまりそうに無い。戦闘機や戦車の類でさえ、十分の経験を積んだものがどれだけいるだろう? しょせん、能力を認められての転属ではないのだ。 そうでなくても、ギルダーの感情は複雑なのだ。半ば恐怖症にも似たショックを与えたあのザク。それと同列に語られるモビルスーツ、GM。 『俺が、それに乗るって…?』 GMを見る。GMはただ虚ろなカメラ・アイを反射させるだけだった。