ジャブローをザクが闊歩している。その姿だけでエレカを運転するターク・ダマル整備兵は肝が喉までせりあがってくるのを感じた。ザクは一歩一歩、鈍重な動きでジャブローを走る。人間の100倍はあろうかというモビルスーツの脚だ。数歩で、エレカの駐車エリアを飛び越した。地響きと共に管理室が崩れ去る。続いて、耳をつんざく轟音。ザク・マシンガンが発射され、アスファルトが吹き飛ぶ。爆風と共に土砂の雨がエレカを包んだ。視界、ゼロ。何処へ逃げようというのか。 「本拠地攻撃なんて!」 その悲鳴は降り注ぐ騒音の中で、辛うじて彼自身の耳に届いたに過ぎない。 「助けてくれ!」 土砂が晴れる。前方に、人影。……いや、違う! 急ブレーキ! 慌ててハンドルを切る。人影は確かに在る。ただし、18メートルだ。 モビルスーツ! 「助けてくれ!」 再び彼は叫んだ。命乞いをしても良い。貧相なエレカで、巨人を相手にどうしようというのか。 だが、その叫びはいささか早急だった。モビルスーツの色は白。目はあの怪物じみた単眼ではない。 頭上を見上げる。カメラ・アイと目が合った。 「GMか!」 歓喜の色が、初めてターク・ダマルに浮かんだ。もちろん彼は、こう叫んだのだ。 「助けてくれ!」 そのGMは今、足元を通り過ぎて逃げていくエレカを見送っている余裕は無かった。 モニター越しにザクが見える。ロック・オン。照準を合わす。が、敵も気づいている。相手も照準を合わせた頃か…? 「ザク…!」 唾を、飲み込んだ。 ギル・ギルダーはGMを真横に走らせた。施設の類が足元にある可能性は、頭から消した。ザクの手元にマシンガンが見える。あの一撃で、戦闘機一小隊がなぎ払われた。あれに、当たるわけには行かない。 ズシン、ズシン、と大地を揺らす。上下する視界にはもう慣れていた。ただ、訓練で見慣れた視界には、ザクはいなかった。ザクが前進する。モノアイはこちらを見据えたままだ。息苦しい。歩かせるだけで全力を注がねばならなかった、訓練の初期と様子が似ていた。 まだ、仕掛けない。ゆっくりと……モビルスーツ・サイズでの基準だが……回り込む。汗がにじんだ。ギルダーは血気にはやるタイプではない。あるいは、臆病さが勝っている。行けると思うまで……行くまい。 ビーム・スプレイ・ガンを構えたまま、平行移動。まだ、距離をつめられない。それはわずか数秒の対峙ではあったが、ギルダーには、もう何分という時間を、このままにらみ合っているような苛立ちと焦りがあった。ザクは無表情に、モノアイをめぐらせる。慣れているのか…?動揺は感じられなかった。 操縦桿を絞り込むようにして牽制に徹する。腕に力がこもる。焦るな、焦るな…と、言い聞かせる。少しでも力を緩めれば、ギルダーは操縦桿を前方に押し倒し、突撃を始めてしまうだろう。あるいは、彼が正真正銘の初陣なら……あの、戦闘機での被撃墜を経験していなければ……既にこの圧力に負けて、向こう見ずの突撃をしていたかもしれない。敗北から来る恐怖が、彼の理性を奇妙に保たせていた。 …と、背後に熱源反応。別のGMがザクに向かって突撃を開始した。