リリ・ボルジャーノ嬢
【心の名台詞】
 「引力、あるじゃない」

 記念すべき(?)大紹介コーナーの第一回は、∀(ターンエー)ガンダムより、リリ・ボルジャーノ嬢だ。

 地球(というかアメリア大陸)で第二の勢力を誇るルジャーナ州の領主の娘で、高飛車で賢くてタフで天然ボケなお嬢様。
 ∀には強烈なキャラクターが多数登場するが、このリリ・ボルジャーノ嬢はモビルスーツに乗って戦うわけでもなく、ヒロインでもないにも関らず、
全キャラクター中最強ではないかと思えるタフな精神を持った女傑。その魅力をじっくりと紹介していこうと思う。

 初登場からして彼女は飛ばしてる。
 第12話での、イングレッサの領主の息子、グエンとの会話が彼女の第一声だ。(背景キャラとしては第一話から登場していたが、あくまで「リリ・ボルジャーノ」としての登場はこの話が最初)

 圧倒的な技術を誇る月の民、ムーンレィスとの交渉に失敗し、町を破壊され、権力も信用も失ってもなお、再起を目指すグエンは、ルジャーナの領主の娘であり許婚でもあるリリ嬢に、密かに情報を流してくれるように頼む。
 するとリリ嬢は「スパイごっこなんて面白そう」と大はしゃぎ。
 男の意地をかけて再起を目指す不屈の男グエンに対し、この緊張感の無さ。
 この能天気娘が! と、テレビの前でほとんどの人が突っ込んだだろう。

 ただし、リリ嬢はただのバカ娘ではない。ただならぬバカ娘である。
 何しろ、彼女は事態をキチンと把握している。
 プライドを気にするグエンを「あら、殿方はそういうこと気になさる?」とからかったり、グエンは落日を迎えた、との風評を「外れてはいません」と自嘲するグエンに対し「大当たりでなければ、このステキな飛行機に乗せてくださるために、私を呼び出してくださったんでしょ?」と、グエンに再起の意志があることを汲み取っていたりする。
 さらに、

「沈んだ太陽がもう一度朝日になろうとあがく姿は、面白い見物でしょ?」
「殿方はそういう時が一番素敵」

 と、独自の男性観を披露。
 人の心の機微を理解できる利発さを持っていて、且つ、能天気を装いながら、男を助けること自体を遊びにしているリリ嬢の姿はなかなか印象的だった。

 ガンダムキャラといえば「富野節」…意味のつながりや文法的な観点からするとオカシイのだがともかく台詞の勢いや音楽的響きが印象的な、独特の台詞…がつきものだが、リリ嬢も例外でなく、かなり早い時期から富野節を披露してくれる。

 ヒゲの機械人形こと、ホワイトドール(∀ガンダム)を一目見て、

「まあ…大きいのに、不細工

 と、正直すぎる感想。
 大きいのと不細工なのはあんまり関係ないと思うのだが、そこは富野節なので気にしないこと!
 さらに、操縦に不慣れなソシエ・ハイムが操縦の練習をしているのに対し

「頑張れ〜〜! ソシエさん
とか〜〜〜!」

 この時点でのリリはソシエとの面識が無いので「ソシエさんとかいう人」という意味で「とか」を付け足したんだろうけど…妙に律儀で、どこか文法的に違和感があって、しかし印象的な台詞である。
 ソシエが「ヒゲの力で」ホワイトドールを起き上がらせるのに成功した際には無邪気にパチパチと拍手を送っていたり。高飛車なのに天然ボケな性格は早くも滲み出ている。

 とはいえ、この時点でのリリ嬢は、あくまで脇役。
 時折、自分がグエンの道具であることを否定する主人公のロラン(ローラ)を評して

リリ   「グエン様、あなたのローラは天使ではございませんね」
グエン 「ではなんなのです?ローラは」
リリ   「若くてきれいな、豹でございましょ?」
グエン 「豹ですか…」
リリ   「ええ。お二人ともまだ気付いていらっしゃらないようですけれど、
      今にあの鋭い爪は、グエン様を引き裂くかもしれませんね」
グエン「ハハ…それは楽しみですね」

 などと、鋭いことを言って見せるが、グエンのお気に入りになりつつあるキエルお嬢さん(実は月の女王ディアナと入れ替わっている)に嫉妬して意地悪をしてみせたりと、セコい姿も見受けられ、「ああ、なんだかんだいっても、この人はタダのお邪魔キャラなんだな」程度に認識されていた。

 彼女が本性を現すのは舞台が月に移ってからである。
 宇宙船の中で傘を何度も床に落としては「引力、あるじゃない」と訝ったり、宇宙服を着るのに服を脱ごうとしたり、天然ボケっぷりも見受けられたが、交渉の場ではすばらしい度胸を見せる。

 最初の標的は月の武人、ギム・ギンガナム。
 保守派の代表であるアグリッパと接見したいというグエンに対し、接見できるのはいつになるかわからんな、と相手にもしないギンガナム。そこに進み出るのがリリ・ボルジャーノ。

「交渉などの些事は殿方にお任せいたしますけれど、
 レディを待たせるなんていささか礼儀知らずかと」

「ふふ、地球には、高貴な女性を待たせる無礼な殿方はおりませんことよ」

 と、ギンガナムを挑発。
 ギンガナムは豪放に笑いながらリリ嬢の足をつかんで片手で持ち上げ、力を示すが…

ギンガナム 「このギム・ギンガナムが地球の男に負けるとお思いか?」
リリ 「どうでしょう?ここでおめもじさせていただいただけですから」

 結局この挑発が奏功したのか、その後アグリッパとの会見は無事行われることになった。
 結果だけを見れば問答無用でギンガナムに勝利している。
 ちなみにこのギンガナム、どういう人物かと言うとこのアニメのラスボスである。
 主人公より先にラスボスを倒した女、リリ・ボルジャーノ。

 その後もアグリッパの悪ふざけに付き合ってやって、グエンを一緒にからかってみせたりと、有能で遊び心のある女性として、徐々に存在がクローズアップされていく。

 官僚を上手く言いくるめてアグリッパとの会見の場を用意した手腕に驚くディアナに対し

「高貴な者同士の気心ってございますのよね」

 と、余裕の表情。
 ディアナ様は月の女王様なんですが…。
 暗に「私の方が貴方様よりも高貴でございますから」とでもいいたげなリリ嬢の自信には頭が下がる。

 交渉が決裂し、銃の撃ち合いになった際には、ディアナを殺そうとするミドガルドの銃だけを拳銃で撃ち落とすなど、もはや何でもあり。

「ふふ、月の女王様に貸しひとつですわね」

 輝いてるよリリ・ボルジャーノ嬢!

 しかし決して完全無欠のスーパーマンになることがないのもまたリリ・ボルジャーノ。
 ディアナとキエルが入れ替わっていたことを知り、リリの意地悪を受けていたのがディアナであったことを知ると、恨み言一つ言わなかったディアナの心の広さに対してか、「恐れ入りました」と素直に敬服。
 また、キエルがディアナに代わって女王として月と地球の平和に尽くしていたことを知ると「最高勲章もの」と称え、いい友達になろう、と語りかける。
 人類の戦争の歴史を見せ付けられれば「人類って、少しも偉くはございませんのね」と嘆いて見せたり、大好物のココアを飲んではご満悦だったりと、実に人間らしい愛嬌のあるところを見せてくれる。

 そして最大の見せ場。
 それはグエンが自分の野心…月との戦争を利用して地球の文明レベルを高めること…のためにリリ達を裏切った際の台詞。
 腹が立たないのか、と言う周囲の人間に対して

「グエン様は産業の近代化も考えてらっしゃいましたから、
 善いも悪いもないのでしょう。
 新しい目標が見えたのでしょうからね」


「ワタクシも政治家の娘です。腹など立てている暇はございません」


 リリ・ボルジャーノ嬢…なんてタフな女だ!

 ∀ファンの間でリリ嬢の評価を聞くと、単純に「好き・嫌い」というよりは
「あの人は凄い」という評価が返ってくることが多い。
 常に優雅な姿勢を崩さないというのは、どれだけ精神がタフであるかということ。
 男に捨てられようと、冷静に自体を分析して自分のやるべきことをやっている。しかも悲壮さなどは決して感じさせず、優雅な立ち居振る舞いのままで。
 その姿勢に「立派」なものを感じるから、リリ嬢の信望者は彼女を呼び捨てに出来ないのだ。

 そもそも、彼女はいい男の傍に居ることを楽しんではいても、決して男に依存してはいない
 あくまで自分が主役で、自分が楽しむために他人と遊んでいる。
 ∀の売り文句の一つに「21世紀を生きるヒントが隠されているのかもしれない」というのがあるが、リリ嬢のタフな姿勢は激動の時代に生き延びていくための答えそのものではなかろうか?

 もっとも、最終話において、彼女もほんの少しだけ弱みを見せる。
 またしても野望が失敗に終わり、ギンガナムの暴走を助長するだけの結果になってしまったグエンの前に現れるリリ・ボルジャーノ嬢。

グエン 「リリ嬢は、私がどん底になると現れますね」
リリ   「もう、日は昇りませんわね」
グエン 「それはわかりません。
     人生の最後に成功すればいいことなのですから」
リリ   「その成功も、アメリアがあってこそでしょ」
グエン 「今の私にできるのは、愛するローラの勝利を願うことだけです」

 そう、このグエンという男、立派なゲイである。
 リリを捨てておいて「愛するローラ」(主人公の少年、ロランのこと)などとアッサリ口にするグエンに対し、さすがのリリ嬢も心が乱れたのか

「ローラは男の子です!
 そんなにも愛しているなら、ご自分がスカートをお穿きになれば!?」

 と激しい口調で責め立てる。
 ああ、辛かったのだな、と思ってしまう。
 いくらタフでも許婚に捨てられて傷つかないわけが無い。しかも、グエンは裏切る前にロランに対してだけは、共に来ないか、と誘いをかけている。リリには無言だった。
 様々な想いがこの一言に全部詰まっているのだろうな…。そう思うとますますリリ嬢を応援したくなってくる。

 「スカートを穿いて産業革命を起こせるような世の中になるにはまだ時間が…」などと言いつつ、また新たな行動のためにリリの元から去っていくグエン。
 リリは叫ぶ。

「ごきげんよう〜〜〜。アメリアはワタクシがスカートのまま治めますわ〜〜〜」

 もう立ち直っているリリ嬢。
 なんだかんだでやっぱりタフである。
 この調子なら、ゆくゆくは本当にアメリアの大統領になってしまいそうだ。
 いや、それとも大統領になれるような器の男を見つけてきて、その男を後ろから支援してやるのがリリ嬢的なお楽しみだろうか?
 どちらにせよ、彼女はいつでも自分を主役にして、力強く生きていくだろう。

 リリ・ボルジャーノ。
 ガンダム史上に残るカッコイイ女性キャラである。